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一郷一学「関孝和」生い立ち

一郷一学「関孝和」 生い立ち

生い立ち

 孝和は内山永明の二男として生まれました。内山家は、天正18年(1590)に芦田康貞の芦田五十騎の一人として信州から藤岡に移り住みました。寛永16年(1639)、永明が御天守番になり江戸に移り住み、そのあと、孝和は関家(五郎左衛門あるいは十郎右衛門)の養子になっています。
 寛文元年(1661)の5月下旬、奈良で『楊輝算法』を写し取り、延宝2年(1674)12月、『発微算法』を出版しています。この頃、甲府藩に仕え、勘定吟味役となり、貞亨元年(1684)に甲府藩の検地を行ったことがわかっています。宝永元年(1704)12月5日、甲府藩主綱豊が将軍就任に伴い幕臣となり、蔵米250俵、10人扶持になりました。そのあと、西の丸納戸組頭になり、蔵米300俵を賜り、宝永5年(1708)10月24日に亡くなり、浄輪寺へ埋葬されました。

芦田城縄張り図

浄輪寺にあるお墓
関孝和の墓は、東京都新宿区にある浄輪寺に安置されています。この寺は、孝和の実家である内山家の菩提寺でもあります。現存する墓は、2代目で、「鶴の丸」の家紋に、「法行院殿宗達日心大居士、宝永5年(1708)戌子十月二十四日卒」、側面に「姓藤原、諱孝和、称関新助」と刻んであります。
 その脇には、門人により「関先生の墓」と刻まれた記念碑が建っています。昭和33年に東京都の史跡に指定されました。

光徳寺にあるお墓
藤岡市にある関孝和のお墓は、関孝和先生没後250年祭の昭和33年に、芦田城主の菩提寺である光徳寺に孝和の御霊を迎えて墓所を築きました。そのあと、昭和58年の秋に関孝和先生顕彰会を中心に同所に墓碑が建てられました。墓所は芦田氏累代の墓の真下に位置しています。

観音院にあるお墓
そのほか、金沢市に関孝和先生没後150年の安政4年(1854)にふたつのお墓が建てられています。ひとつは立像寺に武士の門人によるもの。もうひとつは観音院に町民の門人によるものです。


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